仕方がないので、自分と向き合うことにした。
どうもわたしには、自己肯定感がないらしい。自己無価値感に苛まれて生きているらしい。だからいつでも、どんな些細な場面でも他人を優先し尊重し自分を後回しにして、勝手に不満を貯めては、その重さに身動きが取れなくなっているらしい。
「らしい」とは書いたのは、自分が「自己無価値感に苛まれている」つまり「本当は価値があるのに、それが無いと思い込んでいる」と言う話が、どうしても腑に落ちないから。
だって、このわたしに一体どんな価値があるというんだろう。無いよね?無いです。無いんです。だったら、自分以外を優先するのは当たり前だし、わたしの気持ちや希望なんか考慮する必要なんて無いし、他の人の希望に従うことで、もしわたしが少しでも何か便利に使ってもらえる場面があるのなら「わたしに利用価値を付けて頂いてありがとうございます」と感謝すべきだ。
分かっているのに、心の中のどこか一部に、分かって無い自分がいて「楽になりたい」とか言って来る。厚かましいな、不愉快だな、そんな自分は踏み潰してしまいたいな。でも、つぶしても潰しても、いなくならないんだよこいつ。
そうやって生きて来たら、四十路間近にして二進も三進も行かなくなった。だから仕方なく、自分と向き合うことにした。で、そういう作業って、ブログに書き出すのが効果的なんだって。だからこれは、読者を必要としない自分のためだけのブログです。
本当は、今すぐ死ねれば一番良いんだけどね。自殺だけは、何故だか絶対に駄目だって思うんだよね。なんだろうな、罰なのかな。何にも、何一つ辛いことなんて無いくせに、何にも努力もしてないくせに。客観的に考えても、早く死ねば良いのにとしか思えない、こんなどうしようも無い人間。ゴミにもならない人間。
考えても考えても、自分を死ぬまで踏みにじりたい自分と、誰かに大切にして欲しい自分とが代わる代わるに現れて、何が本当なのか?自分はどうしたいのかが分からなくなる。
困ったな。